推薦図書紹介

■約束された場所で 著者 村上春樹
ISBN978-4-16-750204-1
紹介者:工藤秀雄(西南学院大学商学部教授)
【紹介文】
1995年に地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教団の信者・元信者に対して、著者がインタビューを行ったノンフィクション。著者いわく、「あくまで実感として。肌の痛みとして。胸を打つ悲しみとして、地下鉄サリン事件とは我々にとって何だったのか」を知るための著書。同著者が被害者へインタビューした著書に『アンダーグラウンド』がある。
  • 51P

    論理的には簡単なんですよ。もし誰かを殺したとしても、その相手を引き上げれば、その人たちはこのまま生きているよりは幸福なんです。だからそのへん(の道筋)は理解できます。ただ輪廻転生を本当に見極める能力のない人がそんなことをやってはいけないと、私は思います。そういうことに関わってはいけないということですね。他人の死んだあとをしっかり見極めてそれを引き上げてあげたり、もしそういうことができるのであれば、あるいは(自分でも)やったかもしれないですよ。でもオウムの中で、そこまで行っているひとは一人もいないでしょう。
     -でもあの五人はやったわけだ。
     私ならやらない。その違いはあります。それだけの行いの責任をとる能力がまだ自分にはないからです。ですから怖くてとてもそんなことはできません。そこのところは曖昧にしちゃいけないと思います。他人の転生を見極められない人間には、他人の生命を奪ったりする資格はないです。
     -麻原彰晃にはそれがあった?
     そのときはあったと思っています。

  • 80P

    -終末というのは要するに、今ここにあるシステムが全部チャラになってしまうことですね。
     リセットですよね。人生のリセット・ボタンを押すことへの憧れ。たぶん僕はそういうことを思い描くことによって、カタルシスというか、心の安定を得ているんだと思います。
     このあいだ宮崎勤事件について小学生にインタビューしているのをある本で読んだんですが、中で『宮崎という人は頭がよくて、人間の行きつく先がわかっているから、何をやってもいいと思ったんだ』というようなことを言っている子供がいるんです。これにはびっくりしました。子供でもそんなふうに思っているんだと。『こんな世の中、いつまでもつづかないよ』と心の中で感じている人は多いと思いますよ。とくに若い人たち、子供たちはね。

  • 284P

    村上 ある意味できわめて象徴的だったのは、冷戦体制が崩壊してもう右も左もない、前も後ろもないという状況が現出したまさにそのときに、関西の大地震とこのオウム事件が勃発したわけですね。おかげで、それらの出来事をどのような軸でとらえるかということが、すっといかなかった。
    河合 地震は天災だからちょっと違いますが、もし冷戦体制が続いていたら、オウムみたいなものは出て来にくいですよね。つまりどっちから見ても、目に見える悪がちゃんとあるわけですから。あれをやっつけないといかんとか、みんな割に頭の整理がしやすいわけです。ところがその整理がつかなくなってどうしたらいいかわからんときに、ぱっとこういう変なものが出てくるわけです。
    村上 僕はそれをストーリー性という言葉でとらえるんです。
    河合 要するにストーリーの軸が失われたところに、麻原はどーんとストーリーを持ち込んでくるわけですね。だからこそあれだけ人が惹き付けられていく。その通りだと思いますね。