推薦図書紹介

■沈黙のファイル 「瀬島龍三」とは何だったのか 著者 共同通信社社会部編
ISBN978-4-10-122421-3
紹介者:工藤秀雄(西南学院大学商学部准教授)
【紹介文】
旧帝国陸軍大本営参謀の瀬島龍三は、戦後、シベリア抑留された後、伊藤忠商事で日米間の次世代戦闘機取引に携わる。それを契機に、日米安保体制下で歴代の首相・大臣・官房長官クラスのブレーンの立場を確立する。しかし、その瀬島当人は、一貫した思想を持ち合わせていたのだろうか。瀬島龍三の生き方が、戦後日本の姿勢と相似を成して描かれる。
  • 129P

    ガダルカナル戦さなかの四十二年秋、瀬島龍三を対米作戦主任に抜擢したのは当の服部だった。以来瀬島は作戦課の中核として陸軍の作戦計画を主導してきた。田中耕二が当時を振り返って言う。
     『瀬島さんが能力を発揮できたのは、開戦前から一緒だった服部さんの存在に負うところが大きかった。服部さんもまた、カミソリのように切れる瀬島さんのバックアップでその権威を高めてきた。二人は互いに高め合いながら作戦課を引っ張ってきた』

  • 268P

    『シベリアから十一年ぶりに帰国した瀬島さんに、最初に舞い込んだ就職話は防衛庁入りだった。』(中略)『民社党が軍事のことがよく分かる人を政治家にせひ欲しい、というので瀬島さんがうってつけだと思い、僕が直接あって『あんた、就職先が決まらないなら政治家になったらどうだね』と勧めた。瀬島さんはまんざらでもない顔で聞いてたよ。でも自衛隊がだんだん大きくなって軍備を拡張していくということで伊藤忠商事が(防衛庁商戦の戦力として)瀬島さんの獲得に熱心だった。それで政界入りの話はおじゃんになってしまった』

  • 304P

    なぜ戦争責任や賠償があいまいなまま日本は経済発展を続けられたか。吉田裕が言う。『それは米ソ冷戦の最大の恩恵を受けたからです。米国は自陣営に日本を取り込むのを優先させ、関係国に働き掛けて賠償請求権を放棄させた』
    その陰で他の弱いアジア諸国の責任追及の声は無視された。
    『これを背景に天皇の戦争責任はタブーにされ、軍首脳部の責任も十分議論されなかった。戦争の最大の推進力になった服部氏や辻氏ら幕僚たちは形式上は補佐官にすぎない。彼らはその実態と形式のずれを利用し、するりと身をかわし生き残ったんです』(中略)
    『彼ら幕僚たちに共通するのは戦争責任の自覚がないことです。中曽根元首相のブレーンになり、天下国家を論じるまでになった瀬島氏は戦後日本の象徴的存在ですね』