推薦図書紹介

■イエスの生涯 著者 遠藤周作
ISBN978-4-10-112316-5
紹介者:工藤秀雄(西南学院大学商学部准教授)
【紹介文】
ナザレのイエスは、なぜ支配者であるローマ人のみならず、同胞のユダヤ人からも憎まれ迫害されたのか。その迫害された教えは、なぜ人類普遍の価値となったのか。師を見捨てた卑怯者の弟子たちは、なぜ死を怖れない殉教者に変わったのか。イエスを「銀貨三十枚」で売ったイスカリオテのユダは、なぜイエスの最も深い理解者だったか。著者は問う。
  • 62P

    聖書のなかにはあまたイエスと見棄てられたこれらの人間との物語が出てくる。形式は二つあって、一つはイエスが彼等の病気を奇蹟によって治されたという所謂『奇蹟物語』であり、もう一つは奇蹟を行うというよりは彼等のみじめな苦しみを分かちあわれた『慰めの物語』である。だが聖書のこの二種類の話のうち、『慰めの物語』のほうが『奇蹟物語』よりはるかにイエスの姿が生き生きと描かれ、その情況が眼に見えるようなのはなぜだろう。

  • 90P

    それは人間には不可能な全身的な誠実、純粋、真実、自己否定を求めるものだった。『すべてをあなたに求むる人に与えよう、あなたの物を奪う人から取り戻さないようにしよう。他人にしてもらいたいことを、そのまま他人にしてみよう。自分を愛する人を愛するのはやさしいことなのだ。自分を恵む人に恵むことはやさしいことなのだ。しかし敵をも愛し、報いをのぞまず恵むこと・・・それが最も高い者の子のすることではないか。許すこと・・・与えること・・・』
     それは人々がこれまで耳にした智慧の用心ぶかい人生処世術やパリサイ派の戒律とは全くちがったものだった。おそらく人間にはなすことの不可能な愛の呼びかけだったのである。
     群衆は動揺した。彼等は今はじめて、イエスのはっきりとした拒絶の答えを聞いたのである。自分たちの民族的な叫びにたいし、イエスからこのような答えがかえってくるとは思いもしなかった群衆は幻滅した。自分たちがその夢を托していたイエスのイメージと、この呼びかけをするイエスとは余りにも違っていたからである。

  • 179P

    ユダはカヤパに金を返そうとしたが冷ややかに一蹴された。手に握りしめたその三十枚の銀貨を彼はカヤパ宮邸の庭に投げ棄て、城外に出て自分の首をくくった。ペトロは後にこう語っている。『彼はうつ伏せになって(死んでいた・・・)』うつ伏せになったユダのみにくい死体を私たちは思いうかべる。ユダもまたイエスによって救われたろうか。私はそう思う。なぜなら、ユダはイエスと自分の相似関係を感ずることで、イエスを信じたからである。イエスは彼の苦しみを知っておられた。自分を裏切った者にも自分の死で愛を注がれた・・・