推薦図書紹介

■それでも、日本人は「戦争」を選んだ 著者 加藤陽子
ISBN978-4-255-00485-3
紹介者:工藤秀雄(西南学院大学商学部准教授)
【紹介文】
日本近現代史の研究者の著者が、高校生に明治初期から太平洋戦争までを講義する。著者は対話を通じて高校生らに「当時の日本、戦争を生きて」もらうことに成功している。国家は日本国民に対し、どのような戦争の正当化の論理を説いたか。本著を通じ「当時の日本で生きていたら、確かに自分も戦争を選んでいた」と実感するか、自身に問うべき。開戦と敗戦を日本国民が自分のもの、自らの責任のものにしなければ、「戦後」は終わらない。
  • 265P

    序章で、リンカーンの演説を説明したとき、ルソーの戦争論『戦争および戦争状態論』の話をしましたね。(中略) つまり、ある国の国民が相手国に対して、『あの国は我々の国に対して、我々の生存を脅かすことをしている』あるいは、『あの国は我々の国に対して、我々の過去の歴史を否定するようなことをしている』といった認識を強く抱くようになっていた場合、戦争が起こる傾向がある、と。
     この点でいえば、満州事変前、東京帝国大学の学生の九割弱が、満蒙問題について武力行使に賛成だったという事実を思いだしてください。九割弱の人々が武力行使すべきだと考えていたということは、満蒙問題が、日本人自らの主権を脅かされた、あるいは自らの社会を成り立たせてきた基本原理に対する挑戦だ、と考える雰囲気が広がっていたことを意味していたのではないでしょうか。

  • 315P

    しかも二九年から始まった世界恐慌をきっかけとした恐慌は日本にも波及し、その最も過酷な影響は農村に出たのです。(中略) にもかかわらず、農民に低利で金を貸す銀行や金融機関をつくれという要求は、政友会や民政党などの既成政党からは出てこない。
     このようなときに、『農山漁村の疲弊の救済は最も重要な政策』と断言してくれる集団が軍部だったわけです。ここにカッコつきで引用したスローガンは、陸軍の統制派といわれていた人々が三四年十月に発行した『国防の本義と基強化の提唱』といわれるパンフレットに載っている言葉です。

  • 334P

    こうした絶対的な差を、日本の当局はとくに国民に隠そうとはしなかった、(中略) ですから、絶対的な国力差を自覚しているということと、国力差のある戦争に絶対に反対することは分けて考えないといけない。少なくとも、南原のような知識人にとって開戦が正気の沙汰ではなかったと認識されていたのは確かです。
     とするならば、絶対的な国力差を理解しながらも、開戦を積極的に支持した層がいたということですね。そう考える層がいなければ、国家も、国力差をことさらに言い立てることができなかったでしょうから。圧倒的な国力の差があっても、日本が開戦に踏み切れた背景には、こうした人々の支持があったからだと思います。