推薦図書紹介

■昭和16年夏の敗戦 著者 猪瀬直樹
ISBN978-4-12-206892-6
紹介者:工藤秀雄(西南学院大学商学部教授)
【紹介文】
941年12月の真珠湾攻撃のおよそ半年前、政府の極秘プロジェクトとして総力戦研究所が立ち上がった。同研究所には30代の政治・経済・軍事等々の各エリートが集められ、日米開戦後、どのような戦争の経過になるかシミュレーションした。それはその後に起こる現実とほぼ同じ予想となる。このシミュレーションが活かされなかったのはなぜか。
  • 122P

    <窪田内閣>は連日閣議を開き、日米開戦について論じた。すでに各<大臣>はそれぞれの所管について基本的データを揃えていた。インドネシアの油田地帯を占領し石油を確保するまではいい。しかしフィリピン基地から出動した米東洋艦隊によって、南志那海または南太平洋において輸送船団が攻撃され船団は壊滅されるだろう。青国政府は直ちに外務省より再三アメリカ政府に抗議する。しかし、受け入れられないだろう。青国陸海軍の出動、米東洋艦隊を撃滅する。日米開戦だ。

  • 145P

    青国政府は現実の東条内閣同様、日米開戦を前にして紛糾した。そのとき、同盟通信記者の秋葉<情報局総裁>は、議論の最中にぶつぶつ不平をいうような低い声が線香花火のように跡切れ跡切れに聞こえてくるので耳をそばだてた。その声の主は日本郵船出身の前田勝二<企画院次長>である。
     『いったい戦争の後のことを考えているのか』
     秋葉は『戦争の後』という考え方がこの世には存在していることを初めて知って驚くのである。

  • 158P

    総力戦研究所研究生が模擬内閣を組織し、日米戦日本必敗の結論に辿り着いたのは昭和十六年八月のことであった。三十歳代のエリートに大学と同じような講義をいつまでも続けるわけにはいかず、そこで考案されたのがもぎ内閣である。日本が南方に石油を獲りにいったらどうなるか、という想定でシミュレーションが進められた。(中略)
     総力戦研究所の模擬内閣では石油備蓄量だけはついにつかめなかったが、この石油備蓄の数字を極秘に握っていたのは、陸軍省整備局燃料課だった。
     そこに勤務する一人の青年将校が、日米開戦の決定的ポイントを左右することになるのだ。